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ロードバイク物欲派。
レイ・カーツワイルの未来予測を支持するシンギュラリティ信者(笑)

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BRM917近畿1000km四国一周 その2

眠る前から雄鶏が時を作るのが聞こえていたけど、それに加えて大勢が立ち居する気配で目が覚める。しばし惰眠を楽しんでからアイマスクを取る。すっかり夜は明け、すでにメンツがほぼ入れ替わっていた。寝ているのは数名で、スペースにも余裕ができている。かなり出遅れてしまった。

ドロップバッグ制で送り返す荷物をゆるゆると詰め、自宅を宛先にして再度スタッフに預ける。汗まみれの衣類プラス、濡れたままのタオル。それらを密封して、熟成しながら宅配するんだよな…そんないやな想像を思わずしてしまう。

準備を済ませて外に出ると、コンクリの路上でも寝ている人がいる。到着時点ではまだ睡眠場所が空いてなかったんだろう。急傾斜のためギザギザを入れた路盤で腕を枕にうつぶせになり、エマージェンシーブラケットを被っている。あれだと腕がたいへんなことになるだろう。しかも明け方は霧雨が強かったし、これは不憫。

7時ちょうどに出発。残り378.9km。空港までの移動を考えると、395kmくらい。実は今日が一番移動距離がある。

下流まで道を折り返し、深夜1時頃に通過したPC5が次のPC6になる。往路は真っ暗で見えなかった四万十川だけど、復路も結局、川の気配を感じるだけだった。木立に隠されほとんど見えない。野田知佑のカヌー本に出てくる口屋内の集落や、趣のある沈下橋そばを通るので期待していたけど、残念。

先を急いで、45km先のPC5に8時30分頃到着。木漏れ日を浴びて走る道はすでに終わっている。この先、また昨日以上に暑い一日になるだろう。この時点で、自問している。昨日は大変だったけど、今日は頑張れるか? …おお、やれる!

GPSのルートマップを更新して、再び出発。今朝はすでに45km走り、残りは333.9km。走り始めはなんだか妙に調子がいい。当社比でかなり飛ばす。しかし、好調なのはPC6から40kmあたりまで。再び気温が上昇し始め、ここから数キロかけて標高300m弱の峠(名前はわからずじまい)へ。全体に今回のブルベは、登坂は難しくないものばかり。

しかしこの時点で、すでに暑さにやられている。
ひっきりなしのクルマの往来もあり、路面の輻射熱と併せていきなり消耗。

峠をパスした最初のコンビニで補給。inainaさんとお連れさんに再び会い、しばしお話ししたあと先行いただく。
その後、四万十町と中土佐町の境界にある七子峠を上り、下る。下りが予想以上に豪快。しかしそれは観光でやってきている車にとっても同じで、カーブのまっ最中にぎりぎり横をばんばん抜かれ、怖い。

770km地点あたりまでは国道56沿いで、とにかく交通量が多すぎる。四国の、しかも太平洋側というと静かなイメージしかなかった。けれど、予想の逆をいく車の列。辟易しながらようやく県道に逃れ、浦ノ内湾沿いへ。

ここは一転して、箱庭のようなおだやかな入り江。いわゆるリアス式の海岸で、急傾斜のこんもりした山が対岸に間近に見える。こんな海沿いに住むと、窓からの眺めは一日中見飽きないだろうな。

そんな場所を15kmほど進むと、今度は太平洋に開かれた土佐湾へ。ぐっと市街地らしくなり、九十九里のような一直線の海岸通りを進む。この区間は追い風ということもあり、絶好調。好調すぎて、坂本竜馬ゆかりの桂浜入口までたどり着いてしまう。

桂浜は大河ドラマの影響もあり、いまとても旬な観光スポットらしい。恐ろしく渋滞している。後でわかったけれど、PC7から高知竜馬空港の途中まで延々8km近く駐車待ちの車列が続いていた。それに気をとられ、桂浜手前のPC7をうっかり通過してしまう。キューシートを持っていないため、街道沿いにあるものとばかり思っていた。しかし、ちょっと内陸に入った場所だった。結局桂浜を過ぎ、浦戸大橋という高架橋をわたって別のサンクスまでいってしまって気がつく。またやってしまったわけだ。

ちなみにこの浦戸大橋は文字通り浦戸湾を跨ぐかたちで架橋されており、大型船を通すためなのか、やたら橋脚が高い。おまけに当初有料道路だったこともあって自転車や歩行者のことがほぼ考慮されておらず、急傾斜なうえに走りにくいことこの上ない。あとで調べると、歩道幅は75cmとか。歩道を走るわけではないけれど、歩道の向こうは落差数十mの海面がのぞき込める。高所恐怖症にはたまらない。できるだけそちらを視界に入れないように注意しながら渡ったつもりが、ミスコースのために都合3回行ったり来たり。最後はほとんど泣きそうに。往復で7kmのロス。

気を取り直して、PC7(793.5km)を出発。次は83.2km先の室戸岬まで。まったく、いつまでたっても終わらない…
目的地まで20kmを切らないと近づいたような気持ちにならないけど、たどり着いたらたどり着いたで、すぐに次の目的地数十kmが設定される。これの繰り返し。ただ、それでも着実にオドメーターは刻まれている。こぎ続けていればいつかは。まさに、「千kmの道も一漕ぎから」。

高知空港の南端をかすめてから、土佐東街道をひたすら東へ。西日がじりじりと背後から照りつける。たまりかねて、途中で見つけたちいさなうどん屋に飛び込む。高知県で四国初の讃岐うどん。実は徳島通過中にコンビニめし以外に食べたのは、こともあろうに和歌山ラーメン。でも、名前だけで中身は「和歌山ラーメン風ななにか」で大外しだった。今回の讃岐うどんはたぶん正解。釜玉うどん2玉にちくわ天、そしてぶっかけ醤油。できたてはうまい。でもやっぱり、本場で食べておくべきだったな。

食後店を出ると、ほぼ日没。あと12時間のうちに180km走れば、帰りの飛行機は間に合う。ちょうど家族のトラブルも一時的に一段落したとのことなので、すこし気が緩んだ。後は尻の痛みくらい。
しかし、これでもガレー船の漕手奴隷や徒刑囚よりはましだろう。出血しても毎日それこそ死ぬまでやらされるわけではないし、なにより自由意思でやっている。そんなことを考えて気持ちをそらせる。

バッテリーにも余裕があるので、久々にTwitterでtweetしてみた。ところが、気のゆるんだときに必ずトラブルはやってくる。室戸岬にたどり着き、残り135kmを切ったあたり。なんの特徴もない平坦路で、いきなり後ろからバチン、と音がした。いやな予感がして自転車を下りると、案の定、後輪のスポークが折れている。少し漕いでみると、あっという間にホイールがひしゃげ、ブレーキに擦れてしまう。手で押し歩くと、そこで引っかかってそれ以上動かない。Webで調べてみると、1本折れたら5本6本と折れてしまうなどと書かれている。そうなったら完全に走れなくなるだろう。また、これ以上ホイールがひしゃげるのかどうかも不安だった。

さっき余裕が出たとき、調子に乗って回復モードと称してゆっくり走ってきたため、すでに時刻は21時近い。ここから最寄りの電車駅までは40km以上。クリートカバーは持っているので、歩くことはできる。こんな場所にはタクシーも来ないだろう。乗れたとしても、終電は無理。そして、明日の飛行機にはどうやっても間に合わない。
妻に電話して不安を愚痴ることも考えたが、こんなことで心労を増やすのも申しわけない。

そこで、さっきまでやっていたTwitterで質問を投げかけてみる。続いてオダックス近畿のスタッフに相談の電話を入れる。スポークが24本あることを説明したら、そのうちの1本なら大丈夫でしょう、との答。また、ニップル回しなどをほかの参加者に借りられればなんとかなるかも、とのこと。少しほっとして、頑張ってみる旨お伝えする。

しばらく歩き、参加者二人が通過した。一人にお声がけいただき、ニップル回しがあるか尋ねるも、持っていないとのご返事。まあ、持っている人は少数派でしょう。もう一度Twitterを覗くと、知らない方から支援のメッセージが入っている。ブレーキレバーを最大限開放して、ゆっくり走れば大丈夫とのこと。これにどれだけ力づけられたことか!

アーレンキーでブレーキワイヤーを緩め、キャリパーの開きを調整する。どうやってもブレーキの擦れをなくすには至らないものの、漕げば抵抗がありながらも前に進むことは進む。気にしていたのはこれ以上スポークが折れないかということと、これ以上ホイールがひしゃげないかという2点だけ。ままよ。半ば祈るような気持ちで、再び次のPCへ、自転車で。

漕ぎ始めはほんとうにだましだまし、腫れ物に触るような扱いでペダルを踏む。
スポークが折れないか、ホイールがひしゃげないか、不安で不安で。尻の痛みがあるにもかかわらず、横方向に負荷をかけるのが怖くてオールシッティング。

しかし、それだと出せる速度は12、3km/h程度。パンクか何かでトラブると、間に合わない。しかたなくダンシングも使い始める。これでようやく、20km/h巡航。なんともない状態なら、この負荷なら28km/hは出るはずなのに。

頑張って漕いで、23時に最後のPCに到着。区間の平均速度は20km/h。残りあと6.5時間、97km。このまま平均速度20km/hを維持できればなんとか大丈夫。しかし、15km/hを下回ればアウト。いつもならまったくNo Problem。しかし、ブレーキを掛けながら走っているわけなので、ハードルは高い。そして忘れていたけど、そろそろ深夜帯。昨日も一昨日も、2時~3時に寝ている。3日間の合計睡眠時間は3時間強。これは居眠りが怖い。Twitterを見ると、さらに支援のRTが増えている。少し胸に迫るものがある。23時7分頃、最後の97kmに向け出発。

ここからはしばらく上りが続く。徐々に頭が朦朧としてくる。待望の下りにさしかかっても、休むことができない。下りなのに、脚を止めるとほとんど回転が止まってしまうから。ただでさえ上りで遅いのに、下りで稼げないと間に合わない。上りで踏み、下りで踏み、踏み倒す。それの繰り返し。リアブレーキを全開放しているけれど、この程度のスピードなら没問題! しかし、どんどん眠気が募っていき、しまいには昨日同様、気づくと寝ながら走っている。本来上り方向に分岐するはずのコースを数百m下り過ぎ、慌てて上り返す。

GPSを見ると、PC8からのLAPで33km地点。時刻は1時54分。2時間近くかかって、平均時速は17kmほど。これはまずい。一気に目が覚め、全力で最後の峠を駆け上る。しかし、道路標識にある徳島方面には向かわず、ルートは別方向を示している。コマ図を確かめている余裕なし。不安に苛まれながら、GPSのルートを信じて従う。

ここからは概ね下り基調。踏んで踏んで、踏み倒す。尻が破裂するかと恐れたけれど、不思議にさほど痛くはない。今頃サドルに合ってきたのか、あるいはアドレナリンで痛みが抑え込まれているのか。

ブリーフィングで「最後の下りは自転車に乗っててよかったと思えるような、ご褒美のような道」と聞いていた。でも、どの標識でも徳島方面と記された向きとは別方向に進み、道はまっくら。そして高負荷。自分にとっては不安に追い立てられる地獄のようなルート。ところどころですぐそばを水音が響き渡っており、きっと昼間にゆっくり走ると最高のコースなんだろう、と思いを馳せてみる。

とにかく安心できる場所までは踏め。回せ。
もはや、スポークが折れていることなど完全に忘れていた。

那賀、阿南、小松島と、不安になる地名ばかりが現れては過ぎ、ようやく徳島方面に素直に向かうことができる。しかし、徳島まで46kmだって? コマ図を見ると42kmなのに。

…途中で理由がわかった。最近竣工したばかりのトンネルがあり、ショートカットから、らしい。結局踏み倒して残り10km地点。ここでようやく徳島市に戻れる確証が持て、ペースを落とす。

残り1kmあたりの右折ポイント。先行者が見える。一昨日からご一緒していたHさんだった。シューズが脚に合わず、難渋していたという。今度はHさんのペースに合わせ、ゆっくり進む。ようやくゴール。またまた時刻を見ていなかったけど、到着はおよそ3時30分。居眠りから覚めたあとの区間は、平均30km/hほどで飛ばしたようだ。ブレーキが掛かった状態ということを考えると、これはちょっとした自己記録だろう。

ゴールの受付を済ませ、しばし放心。最初から順調なら、こんな苦労はしなかったろうな、練習をサボらなければよかった、などなど、頭の中がぐるぐる。小一時間へたり込んだ後、スタッフのみなさんや先行してゴールしたみなさんに挨拶をして、飛行場に向かう。

時間があるので、とにかくゆっくり。再度グローブをつけるのが面倒で素手でのままにしていたら、ハンドルを握れないほど手のひらに痛みが走る。そして、尻の方も信じられないくらいに痛み、もはやまったく座っていられず延々ダンシング…というか立ち漕ぎ。ゴール地点のトイレで、これまでたっぷり塗りたくっていた薬剤(ボルダースポーツと白色ワセリンとアソスのシャミークリーム)を拭ったら、ものの見事に痛みが復活。やっぱり、クリーム類は地味に効果があったんだ、と痛感。

さっきあれほど飛ばしたのに、飛行場までは1時間半かけて到着。旧港と新港があるのに気づかず、道に迷ったのもあったけど。

空港に到着後、コインロッカー用の百円玉を工面するのに苦労。そして、蚊に喰われながら建物の外で輪行準備。完了したのは7時半。ゴールから4時間もかかっている。搭乗手続きを済ませ、出発ロビーで爆睡。そして、座席に着いた瞬間からも同じく。目が覚めたのは羽田に近づき、高度が下がる感覚があってから。

空港のパーキングで駐車料金を精算し(3日弱で9200円!)、高速経由で自宅にたどり着いたのが12時。
ようやく今年いちばんのイベントだった四国一周が終了。

これまでもそうだったけど、今回ほどいろいろな人に助けられたブルベもありませんでした。
150km地点ですでに心が折れており、PC2地点でリタイアしてもいいくらいのヘタレぶり。
薬をくださった方、一緒に走ってくださった方、アドバイスや支援のメッセージをくださった方、
そしてスタッフのみなさん。ひとりひとりにお礼を申し上げます。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■メモ 装備や気がついたことあれこれ

●ハンドルバーに防振ジェル
→昔買ってあった未使用品はいつのまにか捨ててしまっていたようなので、百円ショップで売られているPCやタンスなどの下に敷くようなジェルで代用。これがなければ、絶対完走は無理でした。ちなみに、ハンドルバーに巻き込む以外にも直接バーテープの上にもガムテープで固定。

●ツールボトルをダウンチューブの下側に
→増槽みたいな感じ。悪くない。

●インナーソール
→今回シューズをadidasのアディスター・ウルトラから乗り換え、SIDIのエルゴ2カーボン
に。もともと幅狭の足型だったようなのと0.5サイズ小さいのにしたため、かなり窮屈。インナーソールを大幅に切り詰めたほか、親指下の部分を丸く切り抜いて、指のアソビを多くしてみた。結果、少しは血行がよくなったと思うけど、帰宅後一晩寝たらやっぱり両親指とも痺れてしまっている。7月の600のときの痺れが少し残っていたのでさらに強化されてしまった感じ。
これは半年くらい引きずりそう?

●サングラスで擦過傷
→帰宅して鏡で顔をのぞきこむと、サングラスのノーズパッド部分が赤くすりむけていた


●AMFMラジオ
→結局使わず。電池が入っていなかったがコンビニで買って入れようと思っている間にゴールしてしまった

●蜘蛛の糸
→夜中に走っていると、さかんに顔にクモの糸状のものが張り付いてきて
うっとおしかった。気のせいではないはず。夜中にクモが巣をしかけるのに道糸を飛ばしている?

●汗の気持ち悪さ。
膨大な発汗によって、インナーが海水に浸かったようなベタベタ状態(多少は皮脂もあるかも)で、涼しい夜間でも乾く様子がなく、不快感が始終ついて回る。
姿勢を変えたり、。サイコンを操作するために腕を動かすのも一大決心が必要なほどの気持ち悪さ。上に書いたように、蜘蛛の糸らしきものがしょっちゅう顔にかかってくるけど、
それを払うために腕を上げるのですら消耗する。ひやりとしたジャージの袖が腕に触れてくるのが
ほんとうに気持ち悪い。

インナーは速乾性なわけだし、ほんとは思い切ってPCごとに水道ででも洗い、塩分を洗い流せば少しはさらりとしたのかも。でも、コンビニでそんなことできるわけないしね。
どこか人目に触れない山中とかでできればよかったけど。

今回快調に飛ばせた区間は概ね睡眠後だったけど、きっと疲労軽減以外にも
シャワー&インナー交換でさっぱりできたのが大きいはず。


●あせも
→額や後頭部など、ヘルメットが接する箇所と背面に汗疹ができ、かゆかった
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BRM917近畿1000km四国一周 その1

ブルベBRM917近畿1000km四国一周に参加した。

今年行われるブルベのなかでも、北海道1200とこの近畿1000は単に長距離という以上にそのテーマが魅力的。北海道の開催時は400もまだ参加したことがなく、検討すら論外だった。でも、今回はすでに600まではクリアしている。時期的にリフレッシュ休暇が使えることもあり、参加を決めた。きゅーちさんが本ブルベを心待ちにされていたのも、背中を押した要因。

ところが遠隔地での開催のため、輪行がひとつのハードルになっている。

恥ずかしながら、輪行の経験ははなはだ少ない。しかも生来鈍くさいのに面倒がりなので気が重い。結局飛行機の早期割引が割安かつ心理的ストレスが少なさそうなので、羽田←→徳島便を45日前に予約した。しかしブルベの制限時間に誤認があり、65時間程度で帰り着かないといけない。結果、またも基本筋として一人旅になった。

羽田まではクルマで行き、パーキングに。3日間の駐車料金は徳島までの片道運賃と大差ない。でも、朝のラッシュで輪行袋をかかえて往生するよりましだろう。
袋はエアパッキンで車体の要所要所を養生しているだけだったけど、国内では問題なさそう。まさに案ずるより産むが易し。これからもう少し気軽に輪行できそうだ。

羽田から55分で徳島阿波踊り空港へ。窓からの景色を堪能して、飽きる間もなく到着。
荷ほどきをして空港内のコインロッカーに輪行袋その他を入れ、集合地点に移動。
この時点で、参加要領、キューシート、要所の注意事項をまとめたロードブックなるもの一式を玄関に置き忘れてきたことに気づく。コマ図とGPSのデータはあるので致命傷ではないけど、痛恨のミス。結果、いきなり集合地点からまちがう。

マリンターミナルの建物にしばらくいたものの、人の気配はナシ。iPhoneでオダックス近畿の配付資料を読み込み、マリンターミナル「パーク」だったことに気づく。行ってみると、なんということはない公園。そこの四阿に、3人ほど参加者が横たわっていた。出発まで2時間半以上、そこで待つ。

実は空港から家人に電話した際、トラブル発生の知らせを受けて気持ちが沈んでいたため、いろいろな方とご挨拶するも、気持ちは明後日の方向に向いてしまっていた。

ブリーフィング後、車検を経て三々五々出発。inainaさんたちとご一緒する。しかし、加わった集団はかなり速い。
だけでなく、トレーニング不足と気持ちが折れることがあってキツイのひとこと。立体交差のちょっとした上りでも心拍が170になっている。PC1(59.8km)まではついていけたものの、その後ふたたびできあがった集団のペースには歯が立たず、高松市を抜ける手前、80kmくらいの地点で一人に。

暑さでやられながら金刀比羅宮のそばを抜け、観音寺市から海沿いをゆっくり。ほんとうはこのあたりはハイスピードでこなしていないといけないのに、150km地点、2つめの150mピークを過ぎたあたりでかなりスローになっている。
そのうち、さらに後続のかたに抜かれ始める。195km地点で、後ろから来た2人を振り返ると、そのうち一人は私がほぼ一方的に存じ上げているTさん。前回のPBPに参加されている、もうすぐ68歳になるという健脚のかた。
Tさんと同行されているHさんは、なるしまのジャージ。なるしまのEEEランつながりらしい。お二人にお願いして、しばらく同行することに。

はじめは私が先頭に立ったものの、わずか数キロ程度。
次にTさんが先頭になると、いきなりスピードアップ。
以前こんな感じで宇都宮200をゴールまで引いていただいたこともある。
やはりこのかたは凄い。体力を回復しながら、快調にPC2、211.5km地点へ。

続いて、松山市街までの44kmを延々Hさん機関車で進む。Tさんみたいに速くないですよ、26km/hくらいで行きます、とのことで実際に27km/h巡航くらいだったけど、区間はほぼ向かい風。私にはこの状態でこのスピード維持は絶対無理。

結局、松山市には1時50分ごろ到着。計画では1時予定だったので、インタイム。おふたりに、今朝きゅーちさんからうかがったカプセルホテル「ニューグランド」の話をしたところ賛同をいただく。Webで調べて場所を確認し、3人で仮眠を取ることに。

ホテルは松山市駅前の9階。駐輪場所が気になったものの、フロントに尋ねると親切なことに9階の非常階段踊り場を提供してくれた。盗難の心配もなく、安心。

シャワーを浴びて2時過ぎにカプセルに潜り込む。横になって耳栓をしても、こういう時に限って神経が興奮していてなかなか寝付けない。暗闇にいろいろな画が浮かぶのを眺めながら輾転反側し、細切れの浅い眠り。4時にアラームが鳴り、結局1時間ほどの睡眠。

4時5分、すでにTさんはフル装備で、いつでも出発できる状態になっている。Hさんとともに慌てて飛び起き準備し、3人でチェックアウト。

4時20分。すぐに走り出すことはせず、近くのマクドナルドで食事。マックで食べるのは久々だけど、以前よりおいしくなった印象。起き抜けのぼんやりした頭をすっきりさせてから、伊予灘を海岸ぞいに佐多岬方面へ。

瀬戸内の海には明け方から漁船が出ていて、姿勢よく舵を取る漁師のシルエットが美しい。

一方で空に目をやると、水平線から飛行機雲が端整に伸びていく。
描線はしばらくすると風で南に流され薄くなる。すると先ほどと同じ場所にもう一本、新しい雲が引かれる。
はじめは一本だったのが、そんな様子を繰り返すうち、朝の空が飛行機雲で覆われた。
海の向こう側、たぶん大分空港から飛び立った旅客機が引いているんだろう。
最初に見たのは、今朝一番の便だったのかもしれない。
漕ぎながら見とれてしまう。

でも、景色はきれいでも世俗的なあれこれはついて回る。
ここまでで気になっていたけれど、補給食をもたずにホテルを出てしまっている。
マクドナルドに寄ったはいいけど、飲料は補給していない。お互いそれを気にしていたようで、結局コンビニに寄ることになった。佐多岬折り返しのあとで向かうはずだった、PC3のローソン。

カプセルホテルの至近にコンビニがあったから、補給はそこで済ませておけば時間の有効活用ができたけど、致し方なし。今日初めてのロックアイスを補給。

佐多岬半島を進む国道197号は、250mを上限とするアップダウンの繰り返し。
どこかのブログではここが難所と書かれていたけど、飛ばさなければ大丈夫。
しかし、反対車線を参加者が大勢通り過ぎていくのが気になる。
すでに三崎港までたどり着き、折り返してきているわけだ。数十キロ遅れていることになり、徐々に焦りが募る。

同行のTさんも「自分たちが寝てる間にしんがりになったんじゃない?」と仰る。
みんな徹夜で走るか、道の駅で仮眠するなどした様子。
初日は13時出発だし、普段の生活サイクルは変えたくないという思いがあった。
そのため、松山で宿泊する以外の選択肢は考えもしなかった。当初自分が予約していたホテルは、冷静に検討するとチェックイン時間に間に合いそうもない。なので、きゅーちさんから教わったカプセルホテルに変更したような次第だった。

でも、元気なうちに走れるだけ走り、距離を稼ぐのが効率がいいのだろう。
我々3人の場合、たいして疲れてもいないのに宿泊したことで、道の駅でごろ寝するより準備に時間が取られる一方、アタマの興奮は続いているので肝心の睡眠は数十分しかとれなかった。これは大きな失敗。
今後の教訓にしなければ。

そんなこんなで佐多岬の折り返し地点、 三崎港に到着。347.6km。

本ブルベでは、コンビニのようにレシートで通過証明がとれない場所については、現地まで行かなければ答えられないクイズが出題されている。その答をブルベカードに記入して、通過証明にする。
ホテル○○併設のスナック名なんて、たしかに現地でないと絶対にわからないだろう。
場末感あふれる看板を指さして参加者が嬉々としている様子は、ちょっとおかしい。

自販機で飲み物を補給し、豊後水道の海を観賞することもなく今来た道を折り返し。
明らかにすれ違う参加者が減っている。やはりほぼ最終組に近い様子。
焦って飛ばすも、そろそろ陽が高く昇り、アスファルトが灼ける時間帯。負荷をかけていると、あっという間に熱中症の初期症状が始まって、ヘロヘロ状態。

佐多岬からマイペース走行を宣言していたTさんとはすでに離れており、さらに先行するHさんからもちぎれてしまい、一人旅。

佐多岬半島の付け根にほど近いPC3(376.9km)でHさんに追いついたけれど、その頃には暑さでかなり参っている。

実はHさんは私よりもさらに2時間速い飛行機便を予約しておられた。条件は似たようなものなので、合同闘争の理屈なのだ。
再び一緒にスタート。しかし、熱中症の度合いはますます高まっている。
PC3を出て18km、笠置トンネルを超えて標高240m程度の宇和町に達した頃には限界になった。
ペースを合わせてくださっているHさんに謝って、先行していただく。
視界が暗く、めまいと吐き気がする。頭を下げた状態で氷水をかけ、全身の関節部をぬらした手ぬぐいで冷やす。
しばらく日陰で風に吹かれているうちに、体熱が下がってきたためか格段に調子がよくなってきた。

いかに暑さへの耐性がないか、暗然としながら出発。再び標高240mまでわずかに上り、そこからは法華律隧道を経由してダウンヒル。
5分ほど先行していたHさんに追いつく。しかし、宇和島市街にかけてささやかなピークが2つあり、再びアスファルトの熱にやられてちぎれてしまう。今回は声をかける余裕もなし。途中でロックアイスを仕入れるためにコンビにストップし、クールダウンに努める。

とにかくマイペースでないと破綻することを痛感し、ゆっくり進む。実はこの時点で次のPC、サークルKサンクス御荘店まで30kmくらいだったのに、次は足摺岬までだろうと思い込んでいた。がんばって走ったものの、ついに力尽きて最初に見えたコンビニで休憩。

ぼんやりと道路を眺めていると、参加者が何人も通り過ぎていく。なかには、怪訝な顔をこちらに向ける人も。あまり気にすることなく出発。1kmほどの分岐路でひさびさにコマ図をバッグから取り出してみると、PC4を通り過ぎてしまっていることに気がつく。

このあたりは近場に3軒サークルKサンクスが固まっており、2軒めがPCであるとの説明がたしかあったはず。さっき自分がいたのは、1軒めのサンクスだった。

あわてて引き返すと、さっき休憩していたところの至近にPCのサンクスがあった。早く気がついてよかった。
さっき休憩したばかりなので早々に出ようと思っていたところ、Tさんと会う。しばらく前にこの場で行き会ったHさんから私のことを聞いたそうで、気遣っていただく。
するとちょうどinainaさんもいらしていて、inainaさんからは
薬剤を頂戴する。加えて、200km地点を越えたあたりからサドルで臀部がこすれて痛かったことも何気なく話すと、鎮痛剤のロキソニンまで。個人的にロキソニンの効果には絶大な信頼があるので、これはほんとうに助かる。ずうずうしくも、こちらもありがたく頂戴する。

ここで462.8km。次のチェックポイントと思い込んでいた足摺岬は、さらに85.7km先。勘違いは怖い。暑熱で注意力がやられていた。

inainaさんはご友人の1000km走破を支援する雰囲気で参加しており、余裕綽々のご様子。ともに出発する。幸いなことに徐々に日が傾いてきており、体調は回復傾向。途中気がつくとinainaさんたちとはぐれてしまい、
またも一人。ここからは補給ポイントが少ない。PCから30kmを走り、ほぼ490km地点でコンビニを見つけ立ち寄る。関西からの参加者がひとり休憩中だった。
いわく、ここから足摺岬までの50kmの間で、次のコンビニがあるのは土佐清水の市街地で30km先。ここのベンチで仮眠をとっていたけれど、自分以外はみな通過していく、大丈夫なんだろうか、と。貴重な情報に感謝して、余分の補給をもって出発。

途中完全に日が暮れてから、土佐清水市へ。道中、市街地を通ることはほとんどなく、海岸沿いのアップダウン。人家がまばらでなんとも寂れた雰囲気。廃屋が多い一方でトンネルや道路は高規格なつくりになっていて、いまの日本を象徴しているように思える。ようやく市の中心部に達し、すぐに足摺岬への周遊道路へ。

岬への一般的なアプローチは、山中を一直線にいくもの。しかし、3km程度ショートカットできるのと引き換えにアップダウンがきついはず。一方今回のルートに設定されているほうは、とにかく幅員が狭く曲がりくねっている。奥深い峠に至る林道っぽいのに、海岸沿いゆえアップダウンがほとんどないという不思議な道。もちろん街灯はほぼゼロ。

ほかの人たちがあとで「あの道には参った」と語り合っていた。でも日没後で気温が下がり体調も回復していたため、私にはスリリングで楽しめた。
しかしまあ、こんな道の先にも住宅街があってびっくり。やはりこちらのルートは、生活上ほとんど使われていないんだろう。

ようやく足摺岬に到着。548.6km。もはや時計表示を見ていないため、時刻がわからない。21時前くらい?
ここで再びHさんに合流でき、関西のかた2人とあわせ、4人で談笑しながら出発。
臀部の痛みはいただいたロキソニンで感じなくなっており、比較的調子はいい。
衣布利街道という、誰が通るんだろうというこれまたとんでもなくくねった道を抜けたころ、みなが眠いということで意見が一致し、自販機のある空き地でごろ寝することに。私はほんとうのところはさほど眠くはなく、それよりもドロップバッグが送られている仮眠ポイントに急ぎたかったけれど、それはあまりにマイペース過ぎるので自粛。一緒に横になった。しかし、日中の猛暑で大量に発汗し、塩気を含んだ
ジャージやインナーはさらりと乾く気配がなく、ずっとベタベタしている。なのにいまはあの暑さが信じられないくらい冷えている。

冷えと体全体のべた付きで、気持ち悪さはMAX。とはいえ、寒さよりも気持ち悪さが勝っており、アームカバーやウインドブレーカを着込まないと凍死するというほどでもない微妙さ。

なので我慢してそのまま横たわり、目を閉じる。結局30分程度そこにいたらしい。眠りに落ちたのは数分? 実はHさんも付き合いで横になった口のようで、通り過ぎる参加者をずっと眺めていたらしい。そのうちTさんが通過していったのを見て、急遽追いすがることに。再度4人で出発し、ほどなくTさんに追いつく。そこから次のPCまではわずか。午前1時過ぎ?に591.3km地点のPC5に到着。

ここからはいよいよ四万十川を遡行していくルート。川の上流45km地点に民家を転用した宿があり、そこで自分の荷物を受け取れる仕組み。
ついでにシャワーと仮眠もできることになっており、今回のオアシスのようなポイント。

ここまでの道中で、ロキソニンの話などをしていたら、PC到着後に関西メンバーの一人から「
私も持ってるさかい、よかったら使ったって」と
1錠いただく。さらにそれを横で聞いていたAJ福岡のスタッフをされているという方からも、スポーツドクターから処方されたという塗り薬をいただく。
(名称は失念、、残念)ロキソニンは最後の最後に保存しておくことにし、塗り薬のほうを早速塗布。昼にinainaさんからいただいたほうは
鎮痛効果がそろそろ切れかけていたので、大いに助かった。

今回はそんなわけで、6名で出発。途中さらに2名を吸収して8名の集団に。しかしほどなくばらけてきてしまい、気がつくと4名の集団に。
さらに一人減り、私自身千切れてしまい、真っ暗闇を一人で。するととたんに睡魔が襲ってきて、ほぼ寝ながら曲がりくねった道を走っている。
時折ハッと意識が戻るものの、無意識でハンドルを操っているっぽい。これで後続の人たちが追いついてこないのだから、そこそこの
スピードで走っているのだろう。危ないことこのうえない。45kmの区間中、対向車があったのが最初と最後の数キロだったのも、寝落ちした原因だっただろう。
架橋を反対側にわたり、センターラインのある道路に入ったころにようやく目が覚める。霧雨が出てきてレンズが曇る。気にしながら走っているうち、自転車のリアランプが点滅していて、参加者の一人が路肩にたたずんでいる。GPSの表示では目的地はこの先数百メートルなので、挨拶して通り過ぎる。
で、ここだろうと当たりをつけた坂道を登ってみると、明かりはついているもののどうみても普通の民家。おかしいな、行き過ぎたかな、と
坂を下りてみると、先ほどの参加者がやってきた。親切にも私が通り過ぎるのをみて、追いかけてきてくれたという。そこではじめて、
足摺岬から一緒に走ってきた方だったことに気がつく。そのくらい、注意力が落ちていた。そしてようやく、今日の仮眠場所「郷の家」に到着。
636.8km。松山市のカプセルホテルを出てから、385kmほど走った計算になる。典型的な農家ふうの入り口に自転車を立てかけ、玄関から中に入った。
いままで何十キロも人の気配がなかったのに、ここは明るく、人がわんさかいる。というか、寝ている。オダックス近畿のスタッフが待機してくださっていて、
これまでの通過チェックやこの家の中の配置と使用ルールを教えてくださる。見れば見るほど、ほんとに小さな民家そのままだ。

六畳間では10人くらいが寝ている。あともう一部屋が睡眠用に供されており、そこはシャワーなしでとにかく休みたい人たちのごろ寝スペース。そちらはブルーシートが引いてあって、まさに野戦病院。私はもちろん、一も二もなくシャワーを選択。

こんなベタベタしたカラダでブルーシートに寝るなんて絶対無理。私の到着は80人ほどの出走者中、真ん中よりちょっと前だったようで、シャワーには1人待ちで入れ、六畳間にもギリギリで横になるスペースを確保できた。

畳1枚に2人近くが寝ている勘定なので、両隣の人と肩肘(の素肌)が接している。寝返りを打つなど論外。
でも、すでにそんなことを斟酌している段階は超えている。
シーツに横になれるだけでも天国のような心持ち。

アイマスクと耳栓をし、ほどなく熟睡。相変わらず時間を確認していないけれど、おそらく到着は3時過ぎ。就眠が3時半ごろ。

2時間半ほどぐっすり休めた。
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