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Author:terra
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2011パリブレストパリ参加記 18 総括

総括というほどでもありませんが。
結局PBPを860km地点でリタイアしてしまい、後半は帰り着くまでに苦労したもののぐだぐだになってしまいました。

4年に一度開催されるパリブレストパリへの参加権を得るためには、通常ならば開催前年と当該年に200、300、400、600の各ブルベを1度以上走り、シュペール・ランドヌール(SR)の認定を得ることが条件でした。ところが、日本は国別に割り当てられた参加枠が参加希望者数を下回るのではないか?との懸念が出たのが一昨年暮れ。その関係で、3200kmを上限として“より多く走った人が優先権を得る”というイレギュラーな措置が発表されました。3,200km以上はいくら認定を受けてもカウントされないわけですが、逆にいうと“3,200kmが申込の最低ライン”といった見方もあらわれました。結果、PBPへの参加権を得るにはなんとしても3,200km以上の認定を得なければ、という風潮が出て、私の周囲のブルベ仲間は血相を変えて邁進したものです。

私もその一人でした。それまでは「年に2回ほど300kmを走って終わり」。それが突然、シーズン中は毎週のようにブルベブルベの状態です。400kmなんて人間が走れる距離とは思えない。まして600だの1,200だのなんて、想像すらできないよね。そう思っていた時期が、たしかに私にもありました。ところが立て続けに走ってみると、400も600も走れてしまう。とにかくペダルを踏み続けていれば、いつかついてしまう。とくに距離が伸びるにつれ、睡眠時間をどうするかといった計算や、ホテルをとって仮眠や洗濯をして、といった作戦も取れるようになります。どんどんエクストリーム度とおもしろさを深めていくんだなと開眼。人間、どこで変わるかわかりませんね。

昨年はシーズンを終えてみると、3,200kmの認定をクリアしただけでなく、4,900kmに。昨秋走った四国一周1,000kmは600kmブルベ換算になるため、実際は5,300kmを走ったのでした。結局、3,200km超の認定者は想定ほど増えず、SR取得だけでPBPに参加できるようになりました。しかしこれだけ走り込めたことは、自分にとって空前のできごとでした。ヘラヘラ走っていたなりに、一定の経験を積めたのは事実です。

次回のPBPは4年後。おそらくこれから日本のブルベ人口は増え続け、次回はほんとに洒落にならないくらいの狭き門になる可能性があります。そのときに参加できるかわからないので、今年は完走しておきたかった。それが本音です。でも全行程の4分の3未満で終わったとはいえ、今回を走れたのは大きな収穫であり、しあわせでした。

走り始めるまでは、PBPに出たら自転車趣味も達観して関心が冷めるのでは?との思いがありました。しかし戻ってきた今思うのは、ひと皮向けたというか、新しい場所からこの趣味を眺められるようになったことです。なんというか、ぐるりと一周して初心に戻ったというか、リセットボタンを押してもう一度スタートするような。そんな新鮮な気持ちでいることに、驚きを感じます。私よりはるかにお年を召した先輩男女が力走し、完走される姿を目の当たりにして、この尽きせぬ魅力こそが自転車なんだろう、とも感じます。


そうそう、脚のほうは、帰国即完治、というわけには行っていません。今のところ、LSDで60km走ったところ大丈夫そう。でも、ジテツーで25kmを急いで走ると、PBPでやったのとは違う側の膝までなんだか怪しい。そんな状態です。当面は月末お邪魔する予定のオダックス福岡主催のFleche(フレッシュ)で膝が爆発しないかがいちばんの懸念。しかし、それを乗り越えてこそ「すべては自己責任」のブルベだし、自立した自転車乗りなんだろうと思い定めています。そしてそれをクリアして、次回のPBP。あるいは、国内外の他の超ロングライドイベントに出てみたい。そんなふうに考えています。

…いやもう、当初の想定より大幅に長くなってしまいました。ここまでおつきあいいただいたみなさん、ありがとうございました。自転車で長距離なんてありえない、というかたにとっても、これがなにかのきっかけになるとうれしいです。

それではまた、どこかの道中でお目にかかりましょう!


From PBP2011
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2011パリブレストパリ参加記 17 撤収、帰国

長かったPBPもついにおひらき。今日は26日、金曜日。これからさらに残って観光という人もいれば、週明けに備えて今日帰国、という人も。私はしがないサラリーマンなので、残念ながら後者。もっとも、もし残っていたとしたら、それはそれで脚のケアで苦しむ羽目になりますが…

本日はどんよりした天気。小雨が降り続いています。写真は、滞在中何回も利用したスーパー。みんなより早く帰ってきてたしね!ヽ(`Д´)ノ ウワァァァン!!
From PBP2011


時間が前後するけど、これは昨日撮った海外勢の撤収風景。
From PBP2011



From PBP2011


昨日駐車場でパーティーを開いていたデンマーク勢は、我々より早く出発。大型バスの後ろにはバイクや荷物を満載したトレーラーを牽いて。さよなら、さよなら。

From PBP2011


さて、飛行機の時間までしばらくあるし、お昼をかねて近所を散策。

From PBP2011


From PBP2011


From PBP2011


自転車ショップは、商品の品揃えが少なすぎてちと不安。
From PBP2011


フルカウルのリカンベントも、陸続きの母国へ帰り支度。
From PBP2011


From PBP2011


From PBP2011


けっこうおしゃれな街だったんだ。帰国する日まで気づかなかったとは。
From PBP2011


滞在中で断トツでいちばんおいしかったのは、なにげないこのポテト&サンド。
From PBP2011


From PBP2011


午後2時半に送迎バス(とバイク運搬用トラック)が来て、シャルルドゴール空港まで。

From PBP2011


From PBP2011


CDG空港のこの(無駄に)入り組んだエスカレーター。これもフランスっぽくてとっても好き。
From PBP2011


荷物はわずか数㎝のサイズオーバーなのに超過料金104ユーロ。しかもこの、乱雑な積みっぷり。聞きしに勝る乱暴さでした。
From PBP2011


From PBP2011


From PBP2011


飛行機内で読むものなどなにも持ってきていない、というか行きで読み尽くしてしまったため、帰りは映画を早送りで見まくり。見てなかったのは全部見てしまったかも。

やっと成田。
From PBP2011


行きに苦労したので、帰りは自転車は宅配便で。ヤマト運輸にお願いしようとすると、自転車はダメ、とのこと。しかたなく別のところに依頼すると、埼玉まで翌日配送で3500円。しかも、まるで破損することが前提のような営業トークだったんで萎え萎え。でもすでにかなり投げやりになっていたのでそのまま依頼してしまった、、、

隅田川?では花火大会があるのか、屋形船全員集合、の観。
From PBP2011


…というわけで、無事帰り着くことができました。ふうう。


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2011パリブレストパリ参加記 16 PBP終了

日中あれだけ寝たにもかかわらず、またもぐっすり。もう、お湯が出にくいとか排水が悪いとか、シーツが少し匂うとかいうことはほとんど気にならず。気がつくと、翌朝になっていました。といっても、いったい今日は何日だったっけ?という感じです。ああ、25日だよね。PBPの最終日だ。今日の正午が、90時間のタイムリミットのはず。ということは、その時間に併せて続々とみんなが帰ってくるわけで、ほんとだったらお迎えに行きたい。ゴールの様子はやっぱり見ておきたい。

…でも、やめておこう。なにより脚がこんな状態では、自転車に乗ることもままならず。半日かけて自転車の汚れを落とし(雨天走行中、フランス名物の巨大ナメクジをいっぱい轢いてしまったようで肉片の掃除がたいへん >< )、きれいに磨いて分解。これでもう、帰国するまで乗れないや。

そこで、あらためてスタート前に相部屋でご一緒していた@8scaleさんと合います。あれ、完走後ヨレヨレだろうと思ってたら、やけにさっぱりした格好ですね。というのはお互いの第一印象。@8scaleさんも、残念ながら途中でDNFされて、私と同じような時間に帰還、別部屋を取って休まれていたそう。ううむ、私としてはある意味救われた感じもなくはないものの、やはり完走できなかった無念は人ごとではありません。気持ちを共有します。

その後@8scaleさんはゴール地点を見に行き、私は片付け続行。今回はもう、観光はナシでいいや。ヴェルサイユも昔見学したし。パッキングに2日間も専念できるなんて、贅沢だよね。あはははは、は、はぁ…

午後までには、ホテル入口にこんな案内が。ルディアックに置いてきたドロップバッグがまたここに戻ってきました。懇親会のことも記されています。ちなみに後ろに見えるテレビみたいなのが、自動チェックイン装置。
From PBP2011


そして午後6:30。日本のPBP参加者有志が集まって、おつかれさまの懇親会です。脚を傷めた身にはありがたいことに、会場はホテル隣のアメリカ風ステーキハウス。ちりじりにブレストまでの往還を走ってきた面々が、今ふたたび集います。
From PBP2011


ちなみにすぐ傍らでは、デンマーク勢がシャンパンで優雅にパーティをしていました。我が安宿の駐車場だけど。
From PBP2011


かんぱーい!!
From PBP2011


来期群馬を起点にして、とどにいさんとブルベを始められる@vyv00411さん。もちろん完走!
From PBP2011


ルート案内矢印板をもつ@micron_gooさんとご主人。国内ブルベでもいつもふたりで走っておられて、周囲も羨むすばらしいご夫妻です。
From PBP2011


From PBP2011


From PBP2011


やっぱり完走して美酒に酔いしれたかったけれど、それはそれ。捲土重来を期すことに!


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2011パリブレストパリ参加記 15 ホテルに帰還

Saint Quentin、サンカンタン駅でようやく下車することができました。ホテルまではさっき過ぎたSt.Cyr、サンシール駅が近いけど、ここからでも3kmないくらいなので、まあ没問題。ところが、改札から出ることができない…!通常の改札は切符を入れて回転バーをガラガラ回して通るけど、そのバーは観覧車のように縦方向についていて、自転車を潜らせるのは無理。どうしても専用改札を通る必要が。でも、チケットを押し込もうとしても反応せず、ボタンを押しても動かない…

さっきのドアの一件もあり、自分の操作が間違っているのは確実。ああでもないこうでもないとやっていたら、見かねたアフリカ系の男性が「ここのボタン押せよ」とやってくれました。でも、そこはもう押したんだってば!しばらくすると、通路の向こうからガタイのいい男女がやって来ます。二人とも鮮紅色のベレー帽を斜めにかぶり、ガムをくちゃくちゃ。ぱっと見ガーディアンエンジェルみたい。その二人がひょい、と改札を飛び越えて一度外に出たかと思うと、くだんの専用改札にやってきます。女性の方が「下がってな」といったジェスチャー。男性はしゃがんでどこかに鍵を入れて回してる。なんだろう、と思って一歩踏み出したら、「だ~から、下がってなって!」って感じの女性のだみ声が飛びます。思わず硬直して待っていると、無事ドアがオープン。外に出ることができました。

…ありゃ? ひと駅ぶん乗り越しちゃったんだけど、精算とか改札とかはいいの? ……いいのね。そのまま出てきてしまいました。

ああ、やっとサンカンタンまで戻ってきたよ。郊外の大型駅らしい駅舎のロータリーで自転車にまたがり、再びGPSでナビゲーションをセット。まあ、なくてもわかるくらいだけど、念のため。膝とアキレス腱を気遣いつつ、だましだましといった案配でホテルまで。

3日ぶりにホテルに戻ってきました。時刻は11:15。が、まだチェックインできません。というのもこの安宿、チェックインは朝の7:00~11:00、午後は17:00~21:00までで、その間はフロントは鍵がかかるのです。しまった、15分ほど過ぎてしまった! あと6時間も待たなければ!

ちなみに普通にパックツアーを申し込んでいると、本日は宿泊予約はありません。実は70時間の完走が目標だったため、制限時間90時間より1日早い=1日早く泊まる必要あり、ということで自分でオンライン予約していたのでした。ツアーで申し込んだ場合は1泊18,000円だったかな? 一方自分でWebから予約すると、なんと45ユーロ。ほぼ5000円なのでした。その意味でも、次回機会があったらセルフブッキングにしよう、と心に誓います。まあ、会場に近くて自転車の出し入れが便利、隣にスーパーがある、といった情報は代理店との間にもう1社入ったイギリスのブローカーなどがいないと得られなかったのかもしれませんが。

…というわけで、スーパーの入口に自転車を停め、盗難を気に掛けつつ3分で水と食料を買ってきます。写真のペリエは1リットルのペットボトルで約70円。ペリエでこれなので、ふつうの水は1.5L30円程度で手に入るという。水は安いなフランスは。
From PBP2011


ホテル前に自転車を停め、芝生にごろり。
From PBP2011


ブルベの延長のようなつもりで、体裁などお構いなしに寝倒します。実はTGVでも爆睡したし、睡眠は足りてるはず。なのに、現実逃避の意味もあって寝たり覚めたり、夢うつつで午後5時まで。ああ、それにしても朝の曇天が信じられないくらいの快晴だなあ。スタートから今日がいちばん気候がいいんじゃない? こんな日に走れる参加者のみなさんは幸せだな。そして自分は… 横たわったまま、じっと空を見上げるばかり。
From PBP2011


こんなところで、オレはひとり何をやっているんだ。
From PBP2011



そんなわけで、長い長い6時間をやり過ごしました。さて、チェックイン… と思ったら、アーリア系のおじさんが私より早く並んでしまった。しかたない、待つか。ぶらぶらと外に出て、ふと壁に埋め込まれたディスプレイを注視。エクスプレスチェックインという表示がありますなあ。タッチパネルを触ってみると、これ…ここでチェックインできるじゃん… 予約があるか、名字の4文字を投入して検索。おお、きちんとリザーブとれてますやん。宿泊日やらオプションの4.95ユーロの朝食をつけるかを選択したりて、クレジットカードで決済。スルスル、と下のスロットからカード型のキーが吐き出されました。ちょっ、地べたに寝て過ごしてた6時間って何だったんだ… orz

自転車を抱え、3階(欧米風にいえば2階)に。階段を上ると、痛たたっ!ついに歩くだけで痛みが走るようになってきた。振り返って左アキレス腱のあたりを検分。すると、足首が象みたいに膨れあがってる…

ここではじめて、あのとき下したDNFの決断が正解だったのだと確信が持てました。

もう出歩かずにおとなしくしとこう。走行中に預けていた荷物を引き取ってきて、シャワーを浴びてさっぱり。
テレビをつけ、フランス版MTVのような番組を眺めつつ、スーパーのサンドイッチをもぐもぐ。ポテチもバリバリ。
ビールもカシュッ! そのまま、また寝てしまいました。今日はいったい何時間寝たんだろう。

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2011パリブレストパリ参加記 14 DNF後

■DNF後 モンパルナス駅~サンカンタンのホテルへ


もはや「パリブレストパリ」ではなくなってるけど、つづけます。

とりあえず膝とアキレス腱がこんなだし、宿に戻るしか。

日本でたとえると東京駅とか新宿駅に等しいモンパルナス駅。実はここからホテルの近くまで電車一本で行けたんだけど、そこまでまったく考えが至らず。ホテルの位置はサイクルコンピューターに登録していたので、ナビ機能でここからホテルまでのルートを算出。徒歩で移動することにします。距離にすると27km。今9時前だから、時速4kmで歩いても12時間くらいで着くだろう、くらいに。

駅から出ると、ちょうど出勤時間。でも今日は特別肌寒い。トレンチコートなんかを着ている人もちらほら。空はどんより鈍色で、初冬のようだな。

さて、と歩き出そうとして、いきなり尿意を催しました。しまった、こんなことならTGV内で済ませておくんだった。モンパルナス駅を出たすぐ前には、パリ名物の全自動有料トイレがあります。たしか、使用後は室内全体を丸ごと洗浄する、これまたフランスらしい豪快な仕組みだったはず。これ、一度試してみたかったんだよね… でも、待て。用足しの間、自転車はどうするんだ? 中に持ち込めないと、盗難が心配。というのも、実際にPBPスタート数時間前、日本の参加者のバイクが昼食をとっているあいだに1台盗まれているくらいですから。2台を重ねて、チェーンできっちり施錠していたにもかかわらず。(後日伺ったところでは、同宿だったKご夫妻のご主人もゴール後に盗難に遭ったそうです)。

トイレのドア脇に説明が記されているけど、自転車の持ち込みについては記述がなさげ。そして、さほど切羽詰まっているわけではなかったので、そのまま歩き始めてしまいました。

うむ、歩く分には膝やアキレス腱は大丈夫だ。駅の立派な建物を回り込むと、いきなりエッフェル塔が見えて気分が盛り上がる! やっぱりパリはエッフェル塔だよね!(しかし写真には撮らず)
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大きなロータリーなので、回り込んで歩くのも面倒な気が。少し自転車にまたがってみよう。うう、やっぱり痛い…というより、DNF前より痛い! 無理せず、下り坂で乗るだけにしておこう。

角を曲がったところで、これまたパリ名物のレンタサイクル、Velib(ヴェリブ)のステーション発見。自転車ネタということで、撮っておかねば。自転車のVELOと自由のLIBREを組み合わせた造語のVelib。個人的にこのシステムの凄いところは、単にレンタサイクルのステーションを市内各所に作ったというだけでなく、自転車レーンをくまなく整備したところにあると思います。

From PBP2011


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地下鉄のネットワークと同じくらい便利、という評価もあるそうな。
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街なかに張り巡らされた自転車用道路。
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下り坂は自転車をまたがりつつ、市内をちまちま歩きます。朝市なんかも風情があっていいなあ。
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数両編成の路面電車。ヨーロッパでは多いですよね。日本でももっと復活させてもいいと思う…
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時刻は10時近く。1時間歩いてきて、尿意がかなり強くなっています。どこかトイレはないのかっ? きょろきょろしているけど、郊外に抜けつつあることもあり、もはや全自動トイレも見かけなくなってしまった… 最後の手段で、どこか人目につかない場所でこっそり? そうは思うものの、どこもかしこも人がたくさん。でもそのうち、日本で言うところの児童遊園のような場所に辿り着きました。フェンスに蔦が絡まり、いい具合に道路から死角になってるじゃないか。よっしゃ、ここだここ。自転車を押し入れ、一応トイレがあるかも再確認。…ないや。公園なのにないなんて、ひどいよね。蔦の壁に近づいて溜まっていたものを放出します。ほっとしながら周囲を見回すと、左手は6階建てくらいのアパルトマン。おばちゃんがベランダでコーヒーかなにか飲みながら、じっとこちらを睨んでいました…

さらにしばらく徒歩。距離計を見ると、7kmほど進んだことになるのか。でも、もういい加減疲れてきたよ。けっこう長い坂を登り切ったところで、鉄道の上を通る跨線橋に遭遇。そこではたと思い至ります。この路線って、ホテル近くを通っているんでは…? そのまま駅舎に回り込んで路線図を見ると、ビンゴ。Bellevue駅です。ここからヴェルサイユを経由して、St.Cyr駅に達します。電車に乗れるんなら、わざわざ自転車を押し歩くことなんかしないよな。っていうか、ここで初めて気がついた。モンパルナス駅からここまでも、電車で来られたんだ…

ということで、チケット売場まで行き、職員から直接切符を買います。自転車OK? もちろんOK。ということで、2ユーロ払って、専用の改札を通ってホームまで。
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思いのほか本数も多く、さほど待つこともなく電車が到着。自転車を抱えて乗り込みます。田舎ならいざ知らず、一国の首都で鉄道に自転車を持ち込めるなんて素晴らしすぎる。そして車内は…おお、「世界の車窓から」みたい。
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From PBP2011


4駅ほど通過して、次が降車駅。あ、停まった。下りなきゃ。もちろん自動ドアでないことは承知しているので、手でドアを押し開けます。…あれ? 開かない。ドアレバーをぐいぐい引っ張るのに、びくともしない。え? え? どうしたの?? この車両、この駅ではドアが開かないとか? 両手でレバーを掴み、持てる力を総動員しても動かない。おい、誰か助けてくれ! でもこの車両には私一人。焦っているうちにベルが鳴り渡り、列車は無情にも発車…。

どうしよう。呆然としていると、そういう事情におかまいなしに、隣の車両から一人の女性がやってきました。私にカードを押しつけながら話しかけて来ます。スカーフを被ったムスリムの女性。なんでも恵まれないインドネシア孤児たちのために1ユーロを、と寄付を募っているみたい。私はそれどころではないのに、全然引き下がる気配なし。でも、ふとひらめいてその求めに応じることにしました。フトコロから財布を出し、1ユーロ硬貨を。でもそのとき、財布の中の5ユーロ・10ユーロ札の束が彼女の目に入り、とっさに彼女は“やっぱりこっちをくれ”と手を伸ばしてきます。ダメだよと日本語で制止しているうち、列車が減速、次の駅に停まる気配。慌てて硬貨を握らせながら、このドアの開け方を教えてくれ、と英語で頼みます。彼女はフンと鼻をひとつ鳴らしてから、左右のドアノブに手をかけ、こともなげに開け放ちました。

…私はずっと片側のレバーを必死に引っ張っていたけど、つまり両側を同時に開けばよかったと…

アホだ…

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2011パリブレストパリ参加記 13 DNF

ここから先は、当初書くのをためらっていました。

完走もしていないのに、これ以上書いてもしようがない、との葛藤があったためです。

でも、将来のPBPで不運にもDNFになった人の一助になれば。それなりに意味もあるかと記しておく次第です。



■第9PC Tinteniac(867km)DNF、その後


タンテニアックのコントロールに着き、通過チェックを完了。時刻は23日の0:31。ルデアックからだと、85kmで5時間。思いのほか悪くない気もするけれど、最初のペースなら3時間で来れただろう。とはいえ、残りまだ35時間29分。ここのクローズ時間までだって、8時間以上の猶予が。

実はまだ完全には諦めきれず、以下のように考えてしまいました。

リミットまでおよそ36時間。残り360kmを平均10km/hで行けばいい計算だから、ケンケン乗りでも行けるんじゃないか? あるいはここで、20時間の「超ウルトラ大休止」なんかはできないか? 膝が回復したら、残り16時間で360kmを走ってもいい。

…これまでのBRMの自己ベストでは、400kmで16時間7分、300kmで12時間43分。じっくり休めば、今回もそのくらいのタイムで走るのは不可能ではないだろう。

でも、却下。
各PCには通過制限時間がある。そんなことは許されない。

(しかしあとで聞いたところでは、途中のPCを大幅にタイムアウトしても大目にみてもらえていたとか。とにかく総合の制限時間90時間内に辻褄が合っていればOKとか。まあ20時間の超ウルトラ大休止が無理でも、10時間ずつ二連発なら、手法としては多分アリでした。)

今後のことをぼんやりと考えながら座っていると、さっきのポルトガルの青年が通りかかりました。調子はどう? と声をかけてもらったけど、色よい返事はできません。「そうか、さっきのアドバイスは価値がなかったね」と言われて、一瞬なんと返事をすればよいか窮します。ああ、もっと語学ができれば、相手のことを思いやった返事ができるのに!

でもその彼は、そんなことを気にするふうでもなく、さらにアドバイスをくれました。ドクターにはみてもらった?まだ?じゃあ行くといい。それでもダメだったら、電車で帰ることになるよね。その場合はクリートを一旦“デクリート”して、少し前に移動しておくと歩きやすくなる。グッドラック」
また颯爽と立ち去って行きました。異様に格好いいと思ったら、首から下がったIDには大きくVIPの文字が。そうか、ポルトガルのオダックス運営者だったのね。どうりでテキパキしてたんだ。デクリートなんて単語始めて聞いた、さすが運営者。妙なところで感心。

医者にかかることを勧められたけど、もはやすぐに良くなるとは思えないので、まずは食事でも摂りながら対策を練ろう。

今回のツアーに際して資料に同封されていたフランス全土の地図を眺めながら、カフェテリアで食事。リタイアした際に主催者は一切手助けしてくれず、自己責任で帰ってくる。これがブルべの鉄則。ところが今回iPhoneを忘れて来たので、どうやって帰るかがほぼノーアイディア。ネットで交通手段を調べることも不可能です。使えるのはこの、やたら大縮尺の地図と、あとはGPSに入れたGarmin City Navigator/France Benelux編のデータのみです。

やはり距離を考えるなら、フランスの新幹線、TGVを使うべきだろう。出発前の数日で、TGVには自転車を直接持ち込める、という情報を聞き込んでいました。それを知らなければ策が思いつかず、この場で途方に暮れていたはず。しかし、一体どこから乗ればいいんだ?



それよりも…そもそも、ここはいったいどこなんだ???(爆)



…たとえば、あなたは日本を走っているとします。でも日本語に不慣れな外国人であり、本州の中央部のあたりにいることはわかっても、そこが長野なのか岐阜なのか山梨なのか、がわからない…判断材料は、大縮尺の日本地図のみ。

いま私が置かれているのは、まさにそういう状況です。おおざっぱにこのあたり、というのはわかるけど…
幸いなことに、Garminのサイコンをもっており、そこにはフランスの詳細な道路地図をインストールしていました。

確かうろ覚えでは、Quimperという都市がTGVの停まる最寄駅だったような…GPSで調べると…ああ、ダメだ! ここから171kmもある。っていうか、今いるタンテニアックってそもそもどこだっけ? GPSで現在地とフランス全土の地図を見比べ、ようやく相対的な場所が把握できました。なるほど、QuimperよりもRennesのほうが全然近い。Rennes駅(ギャレー・ド・レンヌ)まではナビゲーション計測で27km。うむ、これなら行けるだろう。TGVの停車駅はフランス国内でも限られているのに、こんなに近い場所にあることに感謝します。

…しかし。仮にたどり着けたとして、自転車が載せられなかったらどうするよ? 自転車で動けない以上、その時点でダメッ…アウツッ…! 自転車が持ち込めるのか、きちんとウラをとっておかねば。でも、どうやって? そうだな、ここのスタッフは地元のボランティアのはず。スタッフに聞くのがいちばんだろう。

…こういうことを、スラスラと考えたわけではありません。机に突っ伏したまま、寝たり醒めたり現実逃避しながら考えたことです。結論が出るまで、3時間ほど経過してしまっています。

さて、睡眠も多少とったし、最後の望みをかけて、医者にかかっておこう。別棟に移動し、救護センターの場所を尋ねます。深夜にもかかわらず、中学生くらいの男の子がスタッフをやっています。彼に向かってMedicale(メディカール)?と訊くと、すぐに救護センターに案内してくれました。部屋に通されると、憔悴しきったような参加者が数名座り込んでおり、これまた数名の医療スタッフが対応に当たっています。

私のところには、40代前半くらいかな、少しぽっちゃり目のブルネット女性が来てくれました。表情が何ともいえず、優しそう。見ているだけで癒されます。

ええと。膝がひどく痛いんですが。

うっ! 通じない。この人たち、英語はダメなのか…まあ、私の英語だってクソ、シット、メルドそのものだけど。それでも、痛い場所を指で示すとわかってくれた様子。難しい医学用語とおぼしきフランス語で質問して来ます。今度はこちらがわからない、と肩をすくめる番。でも、委細承知したという按配。すぐに、医療用の軟膏を塗り始めてくれました。このときのやさしい、慈愛に満ちた手つきといったら…! ひとつ前のシークレットでこういう治療をしてもらっていたら、あるいは悪化せずに済んだかも。そうは思うものの、もはや後の祭り。その後アキレス腱側も、じんわり優しいマッサージ。それでも、やはり治るというわけにはいかず。でも、救護はあくまで救護。ビュッフェのような高い料金を取られることもなく、ブルべカードを見せて二、三質問に答えただけで返してくれました。

体調が良いままなら、こんな体験もできなかったよね。ラッキー、と思うことにします。

さて、再びコントロールのある建物へ。到着からすでに3時間半も経過。4時を回っています。確実を期すために質問事項を紙にも書いて、コントロールの通訳担当に話しかけます。すると、趣旨は完璧に伝わりました。TGVには自転車を直接持ち込める車両はある。「でも」とその50代後半くらいの女性。「レンヌまではここから35kmあるわよ。あなたその脚じゃ無理でしょう? レンヌに行くなら、ローカル線になるけどCombort(コンボウル)に行きなさいな。そっちだと11kmくらいだから」とのこと。そして、オルガニザシオーンのTシャツを着ているおじさん(=「運営事務局」くらいに理解)にも確認しているふう。するとそのおじさんはこちらを見やりながらひとしきり何か喋り、そのまま席を立って行ってしまいました。英語の女性が再び、「今話してたんだけどね、知り合いにあなたのバイクごとクルマで送ってってもらえることになったわよ」とのこと。マママ、マジですかー! いやでも、レンヌまで自走のつもりでいますけど… 遠慮しつつ、ご厚意に甘えます。

そのまま待つこと10分。縁なし眼鏡、ダンガリーシャツにグレイのチノパンという、何気ないけどそこはかとなくおしゃれな三十代後半くらいの男性が現れました。「ハイ、呼んだ?. 誰がGermanyまで行きたいって?」え、いきなりフレンチジョークですかーっ? 周囲から説明を聞き、ダコー(OK)、行こう、と鍵をぶら下げなから出て行く彼。

私は先ほどの通訳女性に礼を述べ、ブルべカードを回収してもらいます。コントロールルームの壁にはABANDONというリストが貼り出され、そこにはすでに何人か日本人らしき名も。そっか、私も間もなくここに名前が出るんだ…

送ってくれることになった男性と自己紹介。彼はクリストフというそう。ひとけのない裏手の駐車場まで、自転車を押しながら一緒に歩きます。

最初のジョークでちょっと引きかけてしまいましたが、二人で歩いていると、ポツリと「900km走りおおせたんだから、大したものだよ。僕にはとてもできない」と云ってくれました。思わず涙がこぼれそうになったのは内緒です。

駐車場で、プジョーの3シリーズワゴンにバイクを積み込んでもらい、出発。

…さっきまで何十時間も自転車に乗っていたのに、今はクルマの助手席。そしてぎこちないおしゃべりをしながら、ハイウェイを130kmオーバーで移動中! 予想外の展開に、目眩がしそう。しばらく拙い英語で世間話をしました。クリストフはいま向かっているレンヌから来ているであること、彼自身もロードバイクをやっているけど、スピード重視で最高でも280kmしか走った経験がないこと(亀な私からすると、むしろそちらの方がすごいと思う)、などを教えてくれました。ほかにも、日本のどこに住んでるの? とか、東京ってどんなところ? 日本のクルマってUKと同じでハンドルが逆なんだよね? とか、沈黙しないようにいろいろ気遣ってくれる、とてもやさしい人物。レンヌ駅の地下駐車場にクルマを入れてからも、チケット売り場まで案内してくれました。

今は5時ちょうど。チケット売り場のオープンは5時40分。こういうことも一人ではわからなかったろうし、チケットのフランス語表記なんかもわからないから、ひたすらオタオタしたはず。ここまで案内してもらえて、感謝してもし切れません。丁重にお礼を述べ、握手をして別れます。最後にくるりと振り返ると、「チケットを買う時はバイクを一緒に持ってったほうが、誤解がなくていいよ!」とまでアドバイス。たしかに。本当にありがたい。

From PBP2011


オープン前のチケット売場。
From PBP2011

そのまま時間まで、椅子に座って待ちます。スナック菓子とドリンクを併売する自販機に挑戦したりして、時間を潰します。ようやくチケット売り場がオープン。お客との間のガラスの仕切り全体が、オープンと同時にスーッと下がっていきます。こういう、無駄なギミックに凝るところがいかにもフランスらしいなあ。

「パリ行き、大人一人とヴェロ1台」で切符を買います。ネクストトレイン、と言われたので素直に頷くと、朝一番のではなく、一時間先の列車にされました。ちょっ! でも気がついたのはしばらくしてから。しょうがない。さらにその場で1時間待ち、6:35の便に。予定では8:40着。これで乗車料金が72ユーロ、自転車料金が10ユーロでした。

時間が近づくと階下のホームに下りられるようになり、自転車ごと移動。自転車も私も、PBPを走っていたときの姿のままです。
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レンヌが始発ではないため、停車時間は分単位だろう。自転車を積み込む車両を間違えるとエラいことになるな。確実を期して、駅員に確認します。「チケットにあるこのコンパートメント、どこですか?」見ると、小柄な可愛らしい女性駅員。アイドルが一日駅長をしているのかと思うほど、コスプレ感のある姿。ちらと私のチケットに目をやって、11号車です、と先頭車両方向を示してくれます。

ううむ、一日駅長では不安だ。ほかの駅員にも聞いておこう。

しばらくして、通りかかった別の駅員にも再質問。今度は巨体の上に茹でたような赤ら顔、びっしりと頬ヒゲを生やした、劇画調のご年配。一日駅長さんとのギャップに、エビアンを吹きそうです。自分自身、先ほどからの葛藤から開放され、明らかにハイになっています。車両を確認したところ、結局先頭車で間違いありませんでした。

時間が近づくと、仕立てのよいスーツやいかにも高そうなバッグを携えたビジネスパーソンがゾロゾロ登場。男女とも仕事ができそうな雰囲気です。彼らは2両目、一等車に。そして自転車が載せられるのは、先頭の二等車。乗り込んで見ると、二等車らしく車内は日本の新幹線よりも若干プラスティッキーな印象。でも、なにも不満はありません。自転車はどこに置けばいいのか………見渡すと、それらしき空間がありません。向かい合わせになった座席ばかりのところに、一箇所だけ4席直列の場所があります。でも、そこには若いお兄ちゃんが長々と横たわっています。

ええと… 私の場所はそこだと思うんだけど…
お兄ちゃんに問いかけると、彼は寝ぼけたふりをして無視しようとします。でも、どうやらここしか停める場所はなさそうなんだよね。

困ったなあ…しばらく逡巡していると、そばで見ていたワイシャツにネクタイ姿の男性が介入してくれました。もちろんフランス語なので詳細不明。でもきっと

「おい、そこ自転車用だろう! どきなさい!」

という感じでしょうか。

お兄ちゃんを後ろの車両口に追い出すと、席を立ってきてバイクの固定方法をレクチャーしてくれました。見ていると、先ほどの4席の座面をパタパタ上げていきます。なるほど、空いた空間に自転車を。そして、背もたれ部分からシートベルトを2本スルスル。フレーム前後に固定しろというジェスチャーです。わかりました、あとは自分でできます。メルシー。それ以外にも、壁の下部からベルトを伸ばして、ペダルをくるんで固定しつつ乗客のズボンの裾を汚さないように、という仕掛けも発見。みごとに、車両内に自転車が固定できた! 

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私はその真横の席が指定されており、自転車を常に視界にいれながら座っていることができます。多分こういうことはスマホがあれば調べられたんだろうけど、ほんとに知らないことばかり。ようやく安心して、安心しすぎて日本の電車のように爆睡してしまいました。これから36時間かけて帰ろうと思っていたパリに、あっという間に到着。目が覚めた頃には、パリの中心部。モンパルナス駅に入線するところでした。

TGVと自転車。シュール。ちなみにフランス語でTGVは「ル・テジェヴェ」というんですね。
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モンパルナス駅に到着。さて、次はどうしよう。

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2011パリブレストパリ参加記 12 3日目 悪あがき

■シークレットコントロール(818km?)~第9PC Tinteniac(867km) 悪あがき


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シークレットコントロールの片隅のマットレスに横たわり、目覚めたのはおよそ1時間後。

喧騒は先ほどとなんら変わりがありません。違うことといえば、完全に日が暮れ、窓外が暗いこと。つまり、外気温がぐっと下がり、冷え込んできたことを意味します。

少しでも良くなっていることを祈り続けながら出発準備。せめて寒さでストレスを感じることのないよう、冬場にしか使わない防寒用のロボキャップまで被ります。相変わらずの喧噪のなか、うちひしがれて出発する私に注意を払う人物は皆無です。ひときわ孤独を感じつつ出発。頼れるのは、ここまで一緒に戦ってきた、このバイクだけ。

漕ぎ始めはおっかなびっくり。どうだ…? 少しはマシになったか…?  お、ひょっとしてよくなった? ……はあ…、そんなに甘いものではなかったか。

でも、臨界点を少しでも先にしなければ。ここで50kmなりをやり過ごせれば、残りの300km弱もなんとかなるかもしれない…

昨年1000kmブルベを走ったときのほうが遙かに疲れていたのに、そのときも膝にくるなんてことはなかった。さっきまであれほど絶好調だったし、負荷を掛けていたわけでもないのに、なぜなんだ…?

あ、少し漕げるかもしれない。少し楽になった。またも後方から来た別のイタリア集団に吸収されたけど、こんどは向こうも遅いからペースを合わせることができる。ほんの少し緩解したことで、周囲の状況に注意を払う余裕が生まれました。

今やって来た集団は、とにかくお喋りぞろい。コッテコテのイタリア弁(?)で、それぞれ息継ぐひまなく、とめどなく話しています。一体なんの話題? 一人が延々しゃべり続け、それが終わると別の誰かが同じように。ううむ、コースについて、ではないよな。自転車談義でもなさそう。人生訓か? それにしては、順番に誰かが一方的にまくし立てるのが続いているだけ。ひょっとして、自分の見た変な夢の話とか? それなら聞かされる方は黙って聞くほかないよな…

そんな妙なことを想像しながら走っていると、わずかな時間でも辛さを忘れられます。しかし、やはり膝の具合は想像以上に悪かった…その区間はさいわい下り基調で脚に負担がなかっただけでした。少し上り坂りになった途端、再び右膝に痛みが! そしてそれは、徐々に激痛に!

ついに右脚を使うことは諦め、ビンディングから足を外してしまいます。そして左脚だけを使った片脚ペダリングに。これでゴールは絶対無理とわかっているので、もはや最後の悪あがきです。数百mを片脚ペダリングで進み、休ませていた右脚もビンディングには嵌めず、添えるようにして、また数百m。そしてしばらく空走して距離を稼ぐ…それの繰り返し。

徐々にそのパターンに加え、右膝に手をやってマッサージ、という動作も加わって来ました。末期的です。
そのうち、左脚で片脚ペダリングをしようとすると…ついに右膝だけでなく、左のアキレス腱にまで痛みが走るようになってきました。

そして、右膝は遂に恐れていた臨界点を超えてしまいました。膝の前側に関節ができた感覚はより強くなり、そこを無理に折って漕いでいるかのよう。クランクが回転するたびに「ゴキっ」「ボキっ」。衝撃が走り、悲鳴が漏れます。先ほどのイタリア勢からはすでにちぎれ、続いてやって来た集団からもドン引きされているのがよくわかります。なにしろ間断なく

「ぐッ」
「ギっ!」
「あ゛い゛でっ!」
「痛えッ」

と言った声が漏れていたわけですから…

沿道からは、真夜中近いのに声援が。しかし変な東洋人が奇声を発して通り過ぎると、みな黙り込んでしまいます。

そのうち、後ろから来た親切な誰かが声をかけてくれました。

彼「大丈夫?」
私「…そうは、思え、ないね」
彼「どこか具合が悪いの?」
私「右膝が…ひどく痛むんだ」
彼「…プフーッ(笑い声ではなく、下唇を突き出して前髪を吹き飛ばすような音)それはいけないな」
私「(ちょっと声をかけてみただけなのにヘビーなやつに当たってしまったと思われてるだろうな)あなたの、ご親切に、感謝。どうぞ、先に、行っちゃって」
彼「そうかい? 悪いね…早く良くなるといいね…じゃあ、グッドラック!」

私が自分のような状態の人を見かけた場合も、同じように「がんばって!」としか声をかけることはできないでしょう。この彼がどこの国の人かはわかりませんでしたが、少なくとも善意で声をかけてくれたことは確か。

そこから数分すると、横に並んだ誰かから再び声がかかります。はじめのやりとりは全く一緒。でも途中からが少し違いました。

次「…そうか。で、痛いのは膝の前、それとも後ろ?」
私「前、だよ」
次「なるほど。それならサドルが前すぎることが原因と考えられる。思い切ってサドルを後ろに下げてみてくれ」
私「わかった、やってみるよ」

後続の邪魔にならぬよう、路肩に停車し、アーレンキーを取り出してサドルを後ろにずらします。今回の彼は一緒に自転車を止め、君のバイクを押さえてあげよう、と言いながら私の手元をヘッドライトで照らしてくれます。私はこういうときに焦ってしまいがちで、遂にその彼が作業を替ってくれることに。ライトで照らすと、無精髭の似合う短髪のイケメンです。申しわけないな、と思っている間に、びっくりするほど後ろにずらした状態で固定してくれました。

イケメン「OK、じゃあ、これで試してみてくれ。それと次のコントロールについたら、ドクターに診てもらうこと。膝に効くレメディを処方してくれるはずだから」
私「わかった…ありがとう、ご親切に感謝!」

颯爽と去って行く彼。作業中に互いの出身国を教えあったところ、ポルトガルからとのこと。ドライではあるけど、親切な人だ!

ただ、あいにくそれでもよくなりませんでした。あと2、3時間早くサドル前乗りの事実に気がついていれば悪化しなかったかもしれないのに。後悔の念に苛まれます。

たしか、チャンドラーの推理小説『長いお別れ』にこんな一節がありました。

「女を口説くのは、何百万ドルもかかる大事業だ。しかも、1セント惜しむだけで失敗する」。

ブルべだってそう。これだけの距離にもなると、エクストリーム・スポーツの領域です。バイクの整備に細心かつ万全の注意が必要だし、ほんの少し気を緩めると破綻する。今回はまさに、出発前の組み立て時にサドルのセッティングを誤ったか、道中のライディングポジションに慢心があったはず。だからこんな事態に立ち至ったのでしょう。

…しかし。

これまでだって、数え切れないほどのトラブルに遭い、それでもすべて克服してきました。

四国一周1000kmのときは、スポークが折れてホイールがポテチになっても走り切ったじゃないか。

アタック北信600kmのときは、完走率32%だったのに、着順はあの近藤さんの次だったじゃないか。

度入りアイウェアのつるが折れて、見えづらくて苦労したこともあったし。

晴の予報が雨と雪まで降って、薄着で氷点下の中濡れて凍えそうになったこともあったよな?

iPhoneを家に忘れたうえにガーミンのGPSがフリーズして、キューシートまで風に飛ばされて、「ここはどこ」状態でも完走したよな?

落車して鎖骨が折れたまま、120km走ったこともあっただろ?

いままで一度もリタイアしないで。全部完走してきて。

やっとの思いで参加できたパリブレストだろ? 

次はまた4年後なんだぞ? 

そんなにあっさりやめちゃっていいのか? 
どうなんだ? いいのか、それで??



…一方で、こんなことも考えています。

この痛み方は今まで経験したことがなかった。
骨折したときよりも厳しい。

ここで無理をして、治るのに数年かかる故障になったらどうする?

パリブレストパリを最後に、自転車趣味を終えるならそれでいい。でも、こんなにいろんな人と知り合えた刺激的な世界を、そのまま捨てられるのか?

今後も続けたいなら、ここはDNF(リタイア)しておいたほうがいい。
体力には余裕があったんだし、膝のことさえなければ全然余裕だったんだし。


…そう考えると、DNFする決心がつきました。…そうだな。次に繋げよう。





ブルべを初めて以来、一度もやったことのないDNF。











そして、いちばん大切な場所でのDNF。









残り数kmをほぼ空走で進み、867km。

タンテニアックのコントロールに到着。

ここでも出迎えの人たちに盛んに拍手を受けます。しかし、もう余裕はゼロ。





衆人環視のなか静かに停車し、ゆっくりと自転車から降りました。








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2011パリブレストパリ参加記 11 3日目、変調

■第8PC Loudeac(782km)~シークレットコントロール(818km?) 変調

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午後5時半を過ぎてもまだ明るい。日本の3時くらいか。負荷をかけないよう、気楽に、マイペースで走行。それでも数人のランドヌールをパス。お、いい調子かも! …と思っていると、突然雨がパラパラと。しばらく様子を見たものの、これはけっこう濡れそうだ。というわけで、大きな邸宅の大木下でレインジャケットを装着。でも、走り始めると止むんだよね…

そういうことを二、三度繰り返すうち、さっき置いてきた人達がまた先行。すると不思議なことに、今度は追いつこうと思っても足が回らない。急にどうしたんだろう。不振に思っていると、旅の途上でしょっちゅう出くわすイタリア勢とまたも遭遇。今度のグループは女性が混じっていて、彼女がリーダーというか、ペースメーカーの役割を担っている様子。これまでの自分のペースを考えると、この列車は脚に合いそう。最後尾に連結させてもらいます。しばらくすると先行する数人も吸収。結構な人数に。しかし、徐々について行くのも辛くなってきました。息が上がるというわけではありません。右膝が…痛み出したのです。
これまでにも鵞足炎という膝裏の炎症になったことがあるし、膝の前部分もそこそこ傷めたことはある。でも、今回の痛みは膝関節がもうひとつできて、曲げてはいけないところを無理に折り曲げている感覚。経験したことのない痛み…放置しておくとますます悪化する予感に満ちています。

やばいな。仕方なく時折り手をやってマッサージ。でもそんなので治るなら苦労するはずもなし。
痛い…どうしよう…

ペダリングが乱れるようになり、ついに先ほどの集団からもちぎれてしまいました。
思い当たる原因の候補はいくつかあります。ちなみに私はひどいX脚なので、常に内股気味のペダリング。ガニ股で漕ぐということはありませんでした。

候補その1。
ブレストを出たあとのダラダラ登り。あそこでケイデンス80rpm近く出てたけど、とにかく前乗りだったんだよね。

候補その2。
今回のサドルは、通販で間違って届いたのを、返品交換が面倒でそのまま使っているもの。表面が異様にツルツルする素材で、どんどん尻が前にスライドしてくるんだよね。念のため600kmのブルベまでではよく使っているSLRカーボンも持ってきていたけど、交換せずにドロップバッグに置いてきてしまった。

候補その3。
宇都宮山岳ブルべの際に、回転型にしようと軽い考えでクランク長を160mmに換装したこと。標準身長なんだから、170mmのままでよかったはず…

候補その4。
宇都宮山岳の時に、サドル位置を前寄りに変えてしまっていた。

候補その5。
春先に右鎖骨骨折をやってしまい、少し前に発症した右肩の五十肩を同時に悪化させてしまった。そのため、右肩ばかり庇い、姿勢バランスが狂ってしまった。

たぶん、これらが複合しているんだろうな…というのは後知恵で、その時は一番目くらいしか思いつきませんでした。

結局集団からは完全に外れた状態で、36km地点。往路から数えて2回目のシークレットにたどり着きます。こぢんまりとしたコントロールで、地元の老若男女が手作りで運営している雰囲気。熱気がすごくて、盛んに歓迎してくれます。が、私はといえば、今後の展開を考えて顔面蒼白。それどころではありませんでした。

早々にスタンプを押してもらい、トイレも完了。でも、すぐに走り始めてもさっきと何も変わらない…少し膝を休ませてやらないと…。場内を見回すと、向かって左側はバーカウンター。右奥と正面にマットレスが敷き詰められています。そうか…ここで寝て行こうかな…。膝を除けば体調は悪くなく、眠気もほとんどなし。でも、無理にでも仮眠することにしました。ただただ、悲惨な現実に向き合うのを先延ばしするために。

眠気はなかったので、シューズを履いたまま横たわります。
他の仮眠施設とは異なり、ここはコンパクトな空間にバーもコントロールもトイレも詰め込まれていて、かつてないほど賑やか。フランス語、イタリア語、英語、ドイツ語と、各国の言葉が渾然となり、頭にガンガン響くようです。それなのに、ここにいる日本人は自分ひとり。強烈なアウェイ感が突然押し寄せ、なんともいえない心細さに打ちひしがれます。

ああ、こんなところにひとりぼっち。

今から寝るからな、膝よ、治ってくれ!

いや、治ってください、お願いします!

お願いします!

お願いします! お願いしますお願いしますお願いします……




…必死で祈り続けるうち、意識喪失。


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