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Author:terra
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BRM917近畿1000km四国一周 その1

ブルベBRM917近畿1000km四国一周に参加した。

今年行われるブルベのなかでも、北海道1200とこの近畿1000は単に長距離という以上にそのテーマが魅力的。北海道の開催時は400もまだ参加したことがなく、検討すら論外だった。でも、今回はすでに600まではクリアしている。時期的にリフレッシュ休暇が使えることもあり、参加を決めた。きゅーちさんが本ブルベを心待ちにされていたのも、背中を押した要因。

ところが遠隔地での開催のため、輪行がひとつのハードルになっている。

恥ずかしながら、輪行の経験ははなはだ少ない。しかも生来鈍くさいのに面倒がりなので気が重い。結局飛行機の早期割引が割安かつ心理的ストレスが少なさそうなので、羽田←→徳島便を45日前に予約した。しかしブルベの制限時間に誤認があり、65時間程度で帰り着かないといけない。結果、またも基本筋として一人旅になった。

羽田まではクルマで行き、パーキングに。3日間の駐車料金は徳島までの片道運賃と大差ない。でも、朝のラッシュで輪行袋をかかえて往生するよりましだろう。
袋はエアパッキンで車体の要所要所を養生しているだけだったけど、国内では問題なさそう。まさに案ずるより産むが易し。これからもう少し気軽に輪行できそうだ。

羽田から55分で徳島阿波踊り空港へ。窓からの景色を堪能して、飽きる間もなく到着。
荷ほどきをして空港内のコインロッカーに輪行袋その他を入れ、集合地点に移動。
この時点で、参加要領、キューシート、要所の注意事項をまとめたロードブックなるもの一式を玄関に置き忘れてきたことに気づく。コマ図とGPSのデータはあるので致命傷ではないけど、痛恨のミス。結果、いきなり集合地点からまちがう。

マリンターミナルの建物にしばらくいたものの、人の気配はナシ。iPhoneでオダックス近畿の配付資料を読み込み、マリンターミナル「パーク」だったことに気づく。行ってみると、なんということはない公園。そこの四阿に、3人ほど参加者が横たわっていた。出発まで2時間半以上、そこで待つ。

実は空港から家人に電話した際、トラブル発生の知らせを受けて気持ちが沈んでいたため、いろいろな方とご挨拶するも、気持ちは明後日の方向に向いてしまっていた。

ブリーフィング後、車検を経て三々五々出発。inainaさんたちとご一緒する。しかし、加わった集団はかなり速い。
だけでなく、トレーニング不足と気持ちが折れることがあってキツイのひとこと。立体交差のちょっとした上りでも心拍が170になっている。PC1(59.8km)まではついていけたものの、その後ふたたびできあがった集団のペースには歯が立たず、高松市を抜ける手前、80kmくらいの地点で一人に。

暑さでやられながら金刀比羅宮のそばを抜け、観音寺市から海沿いをゆっくり。ほんとうはこのあたりはハイスピードでこなしていないといけないのに、150km地点、2つめの150mピークを過ぎたあたりでかなりスローになっている。
そのうち、さらに後続のかたに抜かれ始める。195km地点で、後ろから来た2人を振り返ると、そのうち一人は私がほぼ一方的に存じ上げているTさん。前回のPBPに参加されている、もうすぐ68歳になるという健脚のかた。
Tさんと同行されているHさんは、なるしまのジャージ。なるしまのEEEランつながりらしい。お二人にお願いして、しばらく同行することに。

はじめは私が先頭に立ったものの、わずか数キロ程度。
次にTさんが先頭になると、いきなりスピードアップ。
以前こんな感じで宇都宮200をゴールまで引いていただいたこともある。
やはりこのかたは凄い。体力を回復しながら、快調にPC2、211.5km地点へ。

続いて、松山市街までの44kmを延々Hさん機関車で進む。Tさんみたいに速くないですよ、26km/hくらいで行きます、とのことで実際に27km/h巡航くらいだったけど、区間はほぼ向かい風。私にはこの状態でこのスピード維持は絶対無理。

結局、松山市には1時50分ごろ到着。計画では1時予定だったので、インタイム。おふたりに、今朝きゅーちさんからうかがったカプセルホテル「ニューグランド」の話をしたところ賛同をいただく。Webで調べて場所を確認し、3人で仮眠を取ることに。

ホテルは松山市駅前の9階。駐輪場所が気になったものの、フロントに尋ねると親切なことに9階の非常階段踊り場を提供してくれた。盗難の心配もなく、安心。

シャワーを浴びて2時過ぎにカプセルに潜り込む。横になって耳栓をしても、こういう時に限って神経が興奮していてなかなか寝付けない。暗闇にいろいろな画が浮かぶのを眺めながら輾転反側し、細切れの浅い眠り。4時にアラームが鳴り、結局1時間ほどの睡眠。

4時5分、すでにTさんはフル装備で、いつでも出発できる状態になっている。Hさんとともに慌てて飛び起き準備し、3人でチェックアウト。

4時20分。すぐに走り出すことはせず、近くのマクドナルドで食事。マックで食べるのは久々だけど、以前よりおいしくなった印象。起き抜けのぼんやりした頭をすっきりさせてから、伊予灘を海岸ぞいに佐多岬方面へ。

瀬戸内の海には明け方から漁船が出ていて、姿勢よく舵を取る漁師のシルエットが美しい。

一方で空に目をやると、水平線から飛行機雲が端整に伸びていく。
描線はしばらくすると風で南に流され薄くなる。すると先ほどと同じ場所にもう一本、新しい雲が引かれる。
はじめは一本だったのが、そんな様子を繰り返すうち、朝の空が飛行機雲で覆われた。
海の向こう側、たぶん大分空港から飛び立った旅客機が引いているんだろう。
最初に見たのは、今朝一番の便だったのかもしれない。
漕ぎながら見とれてしまう。

でも、景色はきれいでも世俗的なあれこれはついて回る。
ここまでで気になっていたけれど、補給食をもたずにホテルを出てしまっている。
マクドナルドに寄ったはいいけど、飲料は補給していない。お互いそれを気にしていたようで、結局コンビニに寄ることになった。佐多岬折り返しのあとで向かうはずだった、PC3のローソン。

カプセルホテルの至近にコンビニがあったから、補給はそこで済ませておけば時間の有効活用ができたけど、致し方なし。今日初めてのロックアイスを補給。

佐多岬半島を進む国道197号は、250mを上限とするアップダウンの繰り返し。
どこかのブログではここが難所と書かれていたけど、飛ばさなければ大丈夫。
しかし、反対車線を参加者が大勢通り過ぎていくのが気になる。
すでに三崎港までたどり着き、折り返してきているわけだ。数十キロ遅れていることになり、徐々に焦りが募る。

同行のTさんも「自分たちが寝てる間にしんがりになったんじゃない?」と仰る。
みんな徹夜で走るか、道の駅で仮眠するなどした様子。
初日は13時出発だし、普段の生活サイクルは変えたくないという思いがあった。
そのため、松山で宿泊する以外の選択肢は考えもしなかった。当初自分が予約していたホテルは、冷静に検討するとチェックイン時間に間に合いそうもない。なので、きゅーちさんから教わったカプセルホテルに変更したような次第だった。

でも、元気なうちに走れるだけ走り、距離を稼ぐのが効率がいいのだろう。
我々3人の場合、たいして疲れてもいないのに宿泊したことで、道の駅でごろ寝するより準備に時間が取られる一方、アタマの興奮は続いているので肝心の睡眠は数十分しかとれなかった。これは大きな失敗。
今後の教訓にしなければ。

そんなこんなで佐多岬の折り返し地点、 三崎港に到着。347.6km。

本ブルベでは、コンビニのようにレシートで通過証明がとれない場所については、現地まで行かなければ答えられないクイズが出題されている。その答をブルベカードに記入して、通過証明にする。
ホテル○○併設のスナック名なんて、たしかに現地でないと絶対にわからないだろう。
場末感あふれる看板を指さして参加者が嬉々としている様子は、ちょっとおかしい。

自販機で飲み物を補給し、豊後水道の海を観賞することもなく今来た道を折り返し。
明らかにすれ違う参加者が減っている。やはりほぼ最終組に近い様子。
焦って飛ばすも、そろそろ陽が高く昇り、アスファルトが灼ける時間帯。負荷をかけていると、あっという間に熱中症の初期症状が始まって、ヘロヘロ状態。

佐多岬からマイペース走行を宣言していたTさんとはすでに離れており、さらに先行するHさんからもちぎれてしまい、一人旅。

佐多岬半島の付け根にほど近いPC3(376.9km)でHさんに追いついたけれど、その頃には暑さでかなり参っている。

実はHさんは私よりもさらに2時間速い飛行機便を予約しておられた。条件は似たようなものなので、合同闘争の理屈なのだ。
再び一緒にスタート。しかし、熱中症の度合いはますます高まっている。
PC3を出て18km、笠置トンネルを超えて標高240m程度の宇和町に達した頃には限界になった。
ペースを合わせてくださっているHさんに謝って、先行していただく。
視界が暗く、めまいと吐き気がする。頭を下げた状態で氷水をかけ、全身の関節部をぬらした手ぬぐいで冷やす。
しばらく日陰で風に吹かれているうちに、体熱が下がってきたためか格段に調子がよくなってきた。

いかに暑さへの耐性がないか、暗然としながら出発。再び標高240mまでわずかに上り、そこからは法華律隧道を経由してダウンヒル。
5分ほど先行していたHさんに追いつく。しかし、宇和島市街にかけてささやかなピークが2つあり、再びアスファルトの熱にやられてちぎれてしまう。今回は声をかける余裕もなし。途中でロックアイスを仕入れるためにコンビにストップし、クールダウンに努める。

とにかくマイペースでないと破綻することを痛感し、ゆっくり進む。実はこの時点で次のPC、サークルKサンクス御荘店まで30kmくらいだったのに、次は足摺岬までだろうと思い込んでいた。がんばって走ったものの、ついに力尽きて最初に見えたコンビニで休憩。

ぼんやりと道路を眺めていると、参加者が何人も通り過ぎていく。なかには、怪訝な顔をこちらに向ける人も。あまり気にすることなく出発。1kmほどの分岐路でひさびさにコマ図をバッグから取り出してみると、PC4を通り過ぎてしまっていることに気がつく。

このあたりは近場に3軒サークルKサンクスが固まっており、2軒めがPCであるとの説明がたしかあったはず。さっき自分がいたのは、1軒めのサンクスだった。

あわてて引き返すと、さっき休憩していたところの至近にPCのサンクスがあった。早く気がついてよかった。
さっき休憩したばかりなので早々に出ようと思っていたところ、Tさんと会う。しばらく前にこの場で行き会ったHさんから私のことを聞いたそうで、気遣っていただく。
するとちょうどinainaさんもいらしていて、inainaさんからは
薬剤を頂戴する。加えて、200km地点を越えたあたりからサドルで臀部がこすれて痛かったことも何気なく話すと、鎮痛剤のロキソニンまで。個人的にロキソニンの効果には絶大な信頼があるので、これはほんとうに助かる。ずうずうしくも、こちらもありがたく頂戴する。

ここで462.8km。次のチェックポイントと思い込んでいた足摺岬は、さらに85.7km先。勘違いは怖い。暑熱で注意力がやられていた。

inainaさんはご友人の1000km走破を支援する雰囲気で参加しており、余裕綽々のご様子。ともに出発する。幸いなことに徐々に日が傾いてきており、体調は回復傾向。途中気がつくとinainaさんたちとはぐれてしまい、
またも一人。ここからは補給ポイントが少ない。PCから30kmを走り、ほぼ490km地点でコンビニを見つけ立ち寄る。関西からの参加者がひとり休憩中だった。
いわく、ここから足摺岬までの50kmの間で、次のコンビニがあるのは土佐清水の市街地で30km先。ここのベンチで仮眠をとっていたけれど、自分以外はみな通過していく、大丈夫なんだろうか、と。貴重な情報に感謝して、余分の補給をもって出発。

途中完全に日が暮れてから、土佐清水市へ。道中、市街地を通ることはほとんどなく、海岸沿いのアップダウン。人家がまばらでなんとも寂れた雰囲気。廃屋が多い一方でトンネルや道路は高規格なつくりになっていて、いまの日本を象徴しているように思える。ようやく市の中心部に達し、すぐに足摺岬への周遊道路へ。

岬への一般的なアプローチは、山中を一直線にいくもの。しかし、3km程度ショートカットできるのと引き換えにアップダウンがきついはず。一方今回のルートに設定されているほうは、とにかく幅員が狭く曲がりくねっている。奥深い峠に至る林道っぽいのに、海岸沿いゆえアップダウンがほとんどないという不思議な道。もちろん街灯はほぼゼロ。

ほかの人たちがあとで「あの道には参った」と語り合っていた。でも日没後で気温が下がり体調も回復していたため、私にはスリリングで楽しめた。
しかしまあ、こんな道の先にも住宅街があってびっくり。やはりこちらのルートは、生活上ほとんど使われていないんだろう。

ようやく足摺岬に到着。548.6km。もはや時計表示を見ていないため、時刻がわからない。21時前くらい?
ここで再びHさんに合流でき、関西のかた2人とあわせ、4人で談笑しながら出発。
臀部の痛みはいただいたロキソニンで感じなくなっており、比較的調子はいい。
衣布利街道という、誰が通るんだろうというこれまたとんでもなくくねった道を抜けたころ、みなが眠いということで意見が一致し、自販機のある空き地でごろ寝することに。私はほんとうのところはさほど眠くはなく、それよりもドロップバッグが送られている仮眠ポイントに急ぎたかったけれど、それはあまりにマイペース過ぎるので自粛。一緒に横になった。しかし、日中の猛暑で大量に発汗し、塩気を含んだ
ジャージやインナーはさらりと乾く気配がなく、ずっとベタベタしている。なのにいまはあの暑さが信じられないくらい冷えている。

冷えと体全体のべた付きで、気持ち悪さはMAX。とはいえ、寒さよりも気持ち悪さが勝っており、アームカバーやウインドブレーカを着込まないと凍死するというほどでもない微妙さ。

なので我慢してそのまま横たわり、目を閉じる。結局30分程度そこにいたらしい。眠りに落ちたのは数分? 実はHさんも付き合いで横になった口のようで、通り過ぎる参加者をずっと眺めていたらしい。そのうちTさんが通過していったのを見て、急遽追いすがることに。再度4人で出発し、ほどなくTさんに追いつく。そこから次のPCまではわずか。午前1時過ぎ?に591.3km地点のPC5に到着。

ここからはいよいよ四万十川を遡行していくルート。川の上流45km地点に民家を転用した宿があり、そこで自分の荷物を受け取れる仕組み。
ついでにシャワーと仮眠もできることになっており、今回のオアシスのようなポイント。

ここまでの道中で、ロキソニンの話などをしていたら、PC到着後に関西メンバーの一人から「
私も持ってるさかい、よかったら使ったって」と
1錠いただく。さらにそれを横で聞いていたAJ福岡のスタッフをされているという方からも、スポーツドクターから処方されたという塗り薬をいただく。
(名称は失念、、残念)ロキソニンは最後の最後に保存しておくことにし、塗り薬のほうを早速塗布。昼にinainaさんからいただいたほうは
鎮痛効果がそろそろ切れかけていたので、大いに助かった。

今回はそんなわけで、6名で出発。途中さらに2名を吸収して8名の集団に。しかしほどなくばらけてきてしまい、気がつくと4名の集団に。
さらに一人減り、私自身千切れてしまい、真っ暗闇を一人で。するととたんに睡魔が襲ってきて、ほぼ寝ながら曲がりくねった道を走っている。
時折ハッと意識が戻るものの、無意識でハンドルを操っているっぽい。これで後続の人たちが追いついてこないのだから、そこそこの
スピードで走っているのだろう。危ないことこのうえない。45kmの区間中、対向車があったのが最初と最後の数キロだったのも、寝落ちした原因だっただろう。
架橋を反対側にわたり、センターラインのある道路に入ったころにようやく目が覚める。霧雨が出てきてレンズが曇る。気にしながら走っているうち、自転車のリアランプが点滅していて、参加者の一人が路肩にたたずんでいる。GPSの表示では目的地はこの先数百メートルなので、挨拶して通り過ぎる。
で、ここだろうと当たりをつけた坂道を登ってみると、明かりはついているもののどうみても普通の民家。おかしいな、行き過ぎたかな、と
坂を下りてみると、先ほどの参加者がやってきた。親切にも私が通り過ぎるのをみて、追いかけてきてくれたという。そこではじめて、
足摺岬から一緒に走ってきた方だったことに気がつく。そのくらい、注意力が落ちていた。そしてようやく、今日の仮眠場所「郷の家」に到着。
636.8km。松山市のカプセルホテルを出てから、385kmほど走った計算になる。典型的な農家ふうの入り口に自転車を立てかけ、玄関から中に入った。
いままで何十キロも人の気配がなかったのに、ここは明るく、人がわんさかいる。というか、寝ている。オダックス近畿のスタッフが待機してくださっていて、
これまでの通過チェックやこの家の中の配置と使用ルールを教えてくださる。見れば見るほど、ほんとに小さな民家そのままだ。

六畳間では10人くらいが寝ている。あともう一部屋が睡眠用に供されており、そこはシャワーなしでとにかく休みたい人たちのごろ寝スペース。そちらはブルーシートが引いてあって、まさに野戦病院。私はもちろん、一も二もなくシャワーを選択。

こんなベタベタしたカラダでブルーシートに寝るなんて絶対無理。私の到着は80人ほどの出走者中、真ん中よりちょっと前だったようで、シャワーには1人待ちで入れ、六畳間にもギリギリで横になるスペースを確保できた。

畳1枚に2人近くが寝ている勘定なので、両隣の人と肩肘(の素肌)が接している。寝返りを打つなど論外。
でも、すでにそんなことを斟酌している段階は超えている。
シーツに横になれるだけでも天国のような心持ち。

アイマスクと耳栓をし、ほどなく熟睡。相変わらず時間を確認していないけれど、おそらく到着は3時過ぎ。就眠が3時半ごろ。

2時間半ほどぐっすり休めた。
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